「40代シングルマザーでも、恋愛できる?」
そう思っている人に、正直に答えます。
できます。夢中にもなれます。でも、葛藤もします。
私は離婚後に一度だけ恋をしました。
学生時代みたいに「会いたい」と思えて、大切にされることが嬉しくて、あの頃と同じ気持ちになれることがくすぐったかったです。
でも同時に、何度も「これでいいのか」と思いました。
子どもがいて生活を守る責任がある自分が恋愛に夢中になっているということが、正しいのかどうか。
この記事は、その葛藤の話です。そして恋愛を通じて、自分の向かう先が見えるまでの話です。
恋愛を否定したいわけでも、母親だから諦めろと言いたいわけでもありません。
ただ、同じように悩んでいる人に「こういう着地もある」と伝えたくて書きました。

子どもがいる40代だけど恋愛していいの?って思ってしまう。
- 40代シングルマザーが実際に恋愛してみてわかったこと
- 「オンナとしての自分」と「母親としての自分」の葛藤のリアル
- 恋愛と子ども・生活、どう折り合いをつけたか
- 恋愛を通じて気づいた、自分の向かう先
40代シングルマザーで、恋愛に夢中になった。でも「これでいいのか」と何度も思った。

恋愛が始まったのは、離婚してしばらく経ったころでした。
もう誰かと深く関わる気力はないと思っていたのに、気づいたらしていた。そういう感じでした。
大切にされることが嬉しかった。学生時代みたいに「会いたい」と思える気持ちが、まだ自分の中にあることにも少し驚きました。
でも同時に、頭の片隅にずっとあった問い。
「子どもがいるのに、こんなに恋愛に夢中になっていていいの?」
会いたい一心で、仕事を削って会いに行ったこともありました。収入が減れば自分と子どもの生活に直結するのに、当時はその判断が上手くできないくらい恋愛に夢中になっていたんです。
恋愛することへの罪悪感、というより、『優先するものを見失いかけている自分への違和感』とでも言えばいいのか。当時はうまく言葉にできなかったけれど、その感覚がずっとありました。
「子どもがいる大人同士なのに、なぜこんなしょうもないケンカを繰り返すのか」

付き合いが長くなるにつれて、相手が転勤で物理的距離が近くなり、毎週末会うのが当たり前になりました。
子どもは彼に懐いていました。休みの日は3人で出かけて、お泊まりのときは3人で並んで寝て、「このまま家族になるのかもしれない」と思っていた時期もありました。
付き合い始めたころは、かなり強く再婚を意識していたと思います。
でも、少しずつ違和感が積み重なっていきました。
連絡したしないとか、お客さんや一緒に働くスタッフであっても「男性」というだけで話すことを嫌がられたり、しょうもない理由が原因で別れる別れないまでもめて、そういうことを月に1〜2回は繰り返していたと思います。
そのたびに思っていました。
「子どもがいる大人同士の付き合いなのに、なんでこんなに幼稚なんだろう。」
お付き合いしていた頃の気持ちは本物だったと今も思います。でも、付き合い方が自分の求めるものとは違っていたんです。
年齢を重ねて、離婚も経験したことで、「こういう関係でいたい」という理想像が自分の中にできていたと思います。
彼との付き合いが長くなるほど、自分の求めている付き合い方とのズレがじわじわと積み重なっていきました。
毎週末一緒に過ごすことが義務みたいになって、断ると不貞腐れる彼のご機嫌を取ることに時間を使わなければいけないことを煩わしいと思っている自分がいました。
子どもとだけ過ごす時間が欲しいと思っても、それを言うとケンカになるので、彼の機嫌を損ねないように伝えることに必死な自分に気づいて「何やってんだ?」と思いました。
その頃には「もっと会いたい」と思っていたころとは、まったく逆の気持ちになっていました。
天秤にかけたとき、私は「子どもと生活を自分の手で守ること」を選んだ

恋愛しちゃいけないとは思いません。
子ども以外に大切に思える相手がいて、その相手に大切にされる時間は自分を保つ力になると思います。
でも、「オンナとしての自分のこと」と「子どもとの生活を自分の手で安定させること」を天秤にかけたとき、私の場合は後者の方が大事だと感じました。
それはたった1回の恋愛で気づいたことですが、自分の中で絶対に譲れない思いでした。
『相手が変わったら、自分がもっと器用だったら、もっと良い未来になるかもしれない。』と、何度も思いました。それでも繰り返される同じような付き合いの中で、『恋愛を続けること』より『今の生活を守ること』の方が大事だ、と思う瞬間が来ました。
そのとき「穏やかに生きていたい」という気持ちが、ずっと自分の中にあったんだと気づきます。
たくさんケンカして、疲弊して、それでも戻ってを繰り返す関係は、穏やかな生活とはかけ離れていたので、恋愛を選ばなかったのではなく、「穏やかに生きることを選んだ」という感覚でした。
自分の人生を楽しんでいる自覚
子どもと2人の生活に穏やかさを感じつつも、家族連れを見かけて「家族いいな」「パートナーいいな」と思うことはあります。
でも今は、生活を安定させるためにお金の勉強をして、副業に取り組んで、自分の力で生活を作っていくことに大変さも面白さも感じながら子どもとの生活に満たされています。
恋愛への熱は、「縁があれば」という程度になりました。
以前、結婚相談所の相談員をしていたという人と話したことがあります。
「こんな風に自分の人生を楽しんでいる人は、再婚を選ばないでしょう」と言われました。
心底「ごもっとも」と思いました。
その言葉で自覚したのは、「今の生活が変わるなら、恋愛はしなくてもいい」という気持ちが自分の中にある、ということ。パートナーが欲しい気持ちはあっても、今の生活に誰かを合わせられる自信は、正直ほとんどありません。
シングルマザーとうまく付き合える人、まして再婚まで行ける人って、そう多くないんじゃないかとも思っています。それは諦めではなく、現実的な感覚として。
縁があれば、恋愛したい。でも今は、自分と子どもの生活を自分の手で豊かにしていく方が、ずっと面白いと感じています。
恋愛したことで気づいた—パートナーに満たしてもらおうとしていた自分

恋愛を後悔しているわけじゃありません。
恋愛を通じて、気づいたことがあります。それまでの私は、パートナーに自分を満たしてもらおうとしていました。
「会いたい、もっと一緒にいたい、大切にされたい」
その気持ちの裏側には、「誰かに満たしてもらうこと」への期待があったと感じています。
でも、それは続きませんでした。相手に依存した関係は、いずれ苦しくなります。満たしてもらえないと不安になって、もっと求めて、それがケンカになる、そういう繰り返しでした。
恋愛したことで、「自分で自分を満たせるようになろう」と思えました。
誰かにそうしてもらうのではなく、自分の生活を、自分の力で豊かにしていく。それが今の私の向かう先になりました。
恋愛は否定しません。母親だから諦めろとも思いません。ただ、自分を満たす軸を誰かに置いたまま恋愛すると、いつかしんどくなります。私はそうでした。
自立した関係—お互いが自分の生活を持ちながら、それでも一緒にいたいと思える関係—が、長続きするんじゃないかと今は思っています。
- 40代でも恋愛で夢中になれる。でも「子どもがいる大人としての付き合い方」は問い直した方がいい
- 「子どもより恋愛」ではなく「自分の軸をどこに置くか」の問題だった
- パートナーに満たしてもらおうとする恋愛は、いずれ苦しくなる
- 自分で自分を満たせるようになったとき、恋愛の立ち位置が変わった
- 「今の生活が変わるなら恋愛しなくていい」と思えたのは、今の生活が好きだから
縁があれば、恋愛したいという気持ちは今もあります。
ただ今は、自分と子どもの生活を自分の手で豊かにしていくことの方が、ずっと面白いと感じています。
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