離婚から3年。今も答えが出ない「離婚してよかったのか」ということ

くすみピンクの背景にオレンジの北欧風の鳥や花のモチーフが入ったイラスト こころの種
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穏やかになった気持ちと一緒に気づいた気持ち

離婚して3年が過ぎて子どもと2人の暮らしにもだいぶ慣れてきました。

児童扶養手当も医療費助成も、使える制度は使わせてもらっています。

離婚して2年ほどした頃から、元夫への気持ちも落ち着いてきました。

お互いの住んでいるところが遠いこともあって、子どもたちと4人揃うのは年に2,3度です。

あるとき、遊んでいる子どもたちを見ながら穏やかな気持ちで元夫と話ができるようになったな、と思ったらふと「これで良かったのかな」という思いが出ました。

「他の人からみたら『子どもたちを遊びに連れてきたお父さん・お母さん』に見えるんだろうな」って。

「あの頃、こんな穏やかな気持を持てていたら、結果は違ったのかな」って。

一番つらかったのは一緒にいたのに「独り」だと思ってしまったこと

今振り返ると、あの頃本当につらかったのは育児じゃなかったんだと思います。

子どもに優しくできない。

イライラして可愛がれない。

抱きしめたいのに怒鳴ってばかり。

そんな毎日がつらくて苦しいと一番思っていたのは私自身で、その気持ちを夫に受け止めて欲しかった。

でも、夫にはたいしたことじゃないのに怒ってばかりに見えていたようです。

「そんなに怒らなくても」って言うだけでした。

夫は休みの日は家事を手伝ってくれました。

子どもたちを連れて遊びに出てくれて、私に一人で過ごす時間をくれました。

そして、段々休日は別々で過ごすことが当たり前になっていきました。

でも、本当は私も一緒に笑って過ごしたかった。

夫が子どもたちを連れて遊びに行く様子を見ながら「私は誘われないんだな」と思ったこともあります。

でも、そんな環境・関係を作ったのは自分だと思うこともあって、「独り」で過ごすことに対して何も言えませんでした。

本当に求めていたのは「手伝い」でも「ひとり時間」でもなかった

夫はとても優しく頼れる人で、後輩には慕われ、先輩には可愛がられる人でした。

父として子どもたちともしっかり関わっていて、ママ友にも羨ましがられました。
夫は悪い人じゃない。

むしろ「いい人」。

でも、だからこそ私の「しんどい」が伝わらない苦しさでした。

子どもたちを可愛がれないつらさを話したときにも「俺は子どもたちが可愛いよ。」と返されて「可愛くてもしんどい」私は何も言えなくなりました。

そして、気持ちをわかってもらえない孤独は、どうしても埋まりませんでした。

私が本当に欲しかったのは手伝いや一人時間じゃなくて、一番そばにいる人に「そうだよね、しんどいよね。」ってただ受け止めてもらえることだった。

今も「離婚してよかったのか」と思う日がないわけじゃない

今の気持ちを正直に言うと、毎日「離婚してよかった」と思えているわけではありません。

4人で過ごしたあと、帰る間際に寂しそうな顔をする子どもを見たときは、心の奥で「寂しい思いをさせてごめんね」と思います。

夫と穏やかに会話できたときに、ふと「離婚してよかったのか」と思います。

それに、離婚をしたとき、母に言われた「あんたは甘いのよ」って言葉もずっと心に残っています。

同じ”母親”という立場だった母にもあの頃のつらさをわかってもらえなくて「やっぱり私の我慢が足りなかったのか?」と。

でも、8割くらいは「離婚という選択でよかった」って思えます。

あの孤独の中で生き続けることは、私には無理でした。

どんな選択をしても私の道

私は離婚を肯定してるわけではありません。

再構築を否定してるわけでもありません。

ただ、どんな選択をしても「私はこの道でよかった」と思える未来は作れます。

このブログで書く制度の話も、お金の話も、全部そこにつながっています。

私は答えを出せません。

でも、一緒に迷いながら、前に進める場所でありたいと思っています。

「種をまかなきゃ、始まらない。今日の一歩が、明日の芽。」という言葉と双葉の水彩イラスト
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