離婚して4年。穏やかな時間の中でも「離婚してよかったのか」の答えが出ない私の本音

窓辺のテーブルで手を組んで考え込む女性の後ろ姿を描いた水彩イラスト こころの種
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元夫と子どもたちと4人で揃うのは、年に2、3度のこと。

公園で遊んでいる子どもたちを見ながら、私は元夫と話をしていた。

「他の人から見たら、子どもたちを遊びに連れてきたお父さんとお母さんに見えるんだろうな。」

穏やかな気持ちで話せていたからか、ふとそう思った。

離婚して4年目。生活は落ち着いた。それなのに、こんな何でもない時間に、ふっと出てくる気持ちがある。

困るおタネ
困るおタネ

離婚してよかったのかな。

答えを出そうとしているわけじゃない。でも、一人でいるときになんとなく考えてしまう。

ほたる先生
ほたる先生

実は、離婚を考え始めた頃からずっと心の底にあったのかもしれないね。

この記事でわかること
  • 離婚から4年目に気づいた、気持ちが穏やかになった理由
  • あの頃、本当につらかったこと
  • 離婚してよかったと思えること(家の空気・暮らしのルール・お金・時間)
  • 「離婚してよかったのか」という問いへの今の気持ち

穏やかになった気持ちと一緒に気づいた気持ち

秋の公園のベンチに並ぶ二人のシルエットと、遠くで遊ぶ子どもたちを描いた水彩イラスト

離婚して4年目に入り、子どもと2人の暮らしにもだいぶ慣れた。

児童扶養手当も医療費助成も、使える制度は使っているおかげでなんとか生活できている。

そして、離婚して2年ほどした頃から、元夫への気持ちも落ち着いてきた。

お互いの住んでいるところが離れていることもあって、子どもたちと4人揃うのは短い時間だけ。

その短い時間の中で、穏やかに話せている自分に気づいた。

離婚してから初めて「これで良かったのかな」という思いが出た瞬間だった。

そして同時に、こうも思った。

「あの頃、こんな穏やかな気持ちを持てていたら、結果は違ったのかな」

一番つらかったのは一緒にいたのに「独り」だと思ってしまったこと

散らかったおもちゃが置かれた薄暗い部屋の隅で一人うずくまる女性のシルエットを描いた水彩イラスト

今振り返ると、あの頃本当につらかったのは育児じゃなかったんだと思う。

子どもに優しくできないし、イライラして可愛がれないし、抱きしめたいのに怒鳴ってばかりだし。

そんな毎日がつらくて苦しいと一番思っていたのは私自身で、その気持ちを夫に受け止めて欲しかった。

でも、夫にはたいしたことじゃないのに怒ってばかりに見えていたようで、「そんなに怒らなくても」って言うだけだった。

夫は休みの日は家事を手伝ってくれて、子どもたちを連れて遊びに出てくれて、私に一人で過ごす時間もくれた。

そして、段々休日は別々で過ごすことが当たり前になっていった。

でも、本当は私も一緒に笑って過ごしたかった。

夫が子どもたちを連れて遊びに行く様子を見ながら「私は誘われないんだな」と思ったこともある。

でも、そんな環境・関係を作ったのは自分だと思うこともあって、「独り」で過ごすことに対して何も言えなかった。

本当に求めていたのは「手伝い」でも「ひとり時間」でもなかった

薄暗い部屋のソファに並び寄り添う二人のシルエットを描いた水彩イラスト

夫はとても優しく頼れる人で、後輩には慕われ、先輩には可愛がられる人だった。

父として子どもたちともしっかり関わっていて、ママ友にも羨ましがられた。

夫は悪い人じゃない。むしろ「いい人」。

でも、だからこそ私の「しんどい」が伝わらず苦しかった。

子どもたちを可愛がれないつらさを話したときにも「俺は子どもたちが可愛いよ。」と返されて、「可愛くてもしんどい」私は何も言えなくなった。

気持ちをわかってもらえない孤独は、どうしても埋まらなかった。

私が本当に欲しかったのは、手伝いでも一人時間でもなかったんだ。

一番そばにいる人に「そうだよね、しんどいよね。」ってただ受け止めてもらえることだったんだ。

気づいたのは離婚から時間が経ったから。

離婚してよかったと思えること

あの頃、私が欲しかったのはひとり時間じゃなかった。

でも今は、ひとり時間が持てることを「よかったこと」だと思える。

それくらい、この4年で私は強くなったんだと思う。

自分以外の大人がいない家

家の中に、自分以外の大人がいない。

その空間が、思っていたよりずっと楽だった。

私は思っていた以上に、元夫の目を気にしていたみたいだ。

今の私は、「自分の機嫌を自分でとる」という意識が強くなった。

正直なところ、まだ「気持ちを切り替える努力」が必要なことも多いけど、子どもに「家の空気が重い」と感じさせたくない。

不思議なことに、それを負担だと思ったことはない。自分で選んだことだからだろうか。

暮らしのルールは「仲良く過ごす」

我が家のルールは、基本「仲良く過ごす」ためのものが多い。

  • できることは自分でする(手が回らないことが多いため)
  • 学童のお迎えが早くても嫌な顔はしない(私が寂しくなるため)
  • 一緒にお布団に入ったときは、手を繋いで寝る(大好きを伝えるため)

子どもに手伝いや何かを頼みたいときは、子ども自身が自分の判断で動けるように、命令にならないように伝える。

「〜お願いしたいな。」とか、「そろそろ寝る時間じゃないですか?」とか。

もしすぐに動かなくても急かさない。

とはいえ、最低限のこと(学校の準備、宿題、寝ることくらい)ができたらいいか、と思っているので、基本は何も言うことはない。

狭い家なのでずっと同じ部屋にいるけど、子どもと一緒にいる時間が苦しくない。

それぞれが好きなことをしている。その時間が、心地いい。

お金の使い方を、自分で決める

自分のお金で子どもの将来に備える。

そう決めてから、都度都度家計を見直すようになった。

上の子と三人で過ごせる長期休みの楽しみのために、普段の出費を抑える。

そんなことも、全然苦じゃなくなった。

ダラダラする時間が減った

自分の足で生きていく。

そう決めてから、なんとなく過ごす時間が減った。

いつも「今」をよりよくするために、どうしたらいいかを考えている。

追い詰められているのではなくて、「今」が心地よいから。これを続けるためにどうしたらいいかを考えて動いている。

めばえさん
めばえさん

よかったことを数えてみたら、ほとんど「自分で決められる」ことなんですね。

おタネ
おタネ

それに、私けっこう強くなってる。

結婚していた頃の私は、「こうでなきゃいけない」「ああしなきゃいけない」が強かった。

できない自分、できない家族に対してピリピリしていて、家庭内環境を息苦しいものにしていたと思う。

そのくせ、夫に守ってもらって当然だとも思っていたし、よりかかりすぎていた。

夫のことも考えず、期待に応えてもらえないことに勝手に傷ついて、怒っていた。

だから、穏やかな気持ちで生きられるようになったのも、離婚したおかげだと思う。

離婚は、私自身と私の人生を、いい方向に変えてくれたと思っている。

今も「離婚してよかったのか?」と思う日がないわけじゃない

温かなランプの光の中、ソファでカップを手に一人静かにくつろぐ女性のシルエットを描いた水彩イラスト

今の気持ちを正直に言うと、毎日「離婚してよかった」と思えているわけではない。

4人で過ごしたあと、帰る間際に寂しそうな顔をする子どもを見たときは、心の奥で「寂しい思いをさせてごめんね」と思う。

夫と穏やかに会話できたときに、ふと「離婚してよかったのか」と思う。

それに、離婚をしたとき、母に言われた「あんたは甘いのよ」って言葉が今も時々、浮かんでくる。

同じ”母親”という立場だった母にもあの頃のつらさをわかってもらえなくて、「やっぱり私の我慢が足りなかったのか?」と。

それに、こんなふうに思う日もある。

穏やかに生きられるようになったからこそ、そばで子どもの成長を見ていて、一緒にできる昔話もあるような相手がいるのも、幸せのひとつだったのかもな、と。

ただ、それは「いいな」と思うだけで、求めているわけじゃない。

「いいな」と思うことと、求めることは違う。

それでも、8割くらいは「離婚という選択でよかった」って思えている。

気持ちをわかってもらえない孤独の中では、穏やかに生きることができなかったから。

どんな選択をしても私の道

窓辺に座り夕暮れの街並みを眺める女性の後ろ姿と、ドライフラワーの花瓶を描いた水彩イラスト

私は離婚を肯定しているわけではない。

再構築を否定してるわけでもない。

ただ、どんな選択をしても「私はこの道でよかった」と思える未来は作れると思っている。

このブログで書く制度の話も、お金の話も、全部「私はこの道でよかった」につながっている。

私は私の答えしか出せないけれど、このブログがきっかけで、あなたが自分の答えを出して前に進むことができたら、と思っている。迷っているのは、あなただけじゃない。

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「種をまかなきゃ、始まらない。今日の一歩が、明日の芽。」という言葉と双葉の水彩イラスト
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